
「カンボジア クロマートラベルガイドブック」
特集
Vol.6 Jan - Mar
2008
特集1 いつか見た映画のような旅
〜ラタナキリの自然 精霊の棲む森で少数民族に出会う〜
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いつか見た映画のような旅
ラタナキリの自然、精霊の棲む森で少数民族に出会う
カンボジア北東部、ベトナム、ラオスとの国境を有す辺境の地「ラタナキリ」。首都プノンペンからは約585km、車で約12時間で到着する。この地へと続く道は赤土で、雨季になる度に、泥濘と化し、陸の孤島となる。ラタナキリの意味は、「宝石と山がある場所」。その名の通り、宝石の産出地であり、小さな山々には先住民である少数民族が多く住んでいる。
− 前日 プノンペン〜ラタナキリ
春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)。人々にであれ、自然にであれ、この訪れる者に浮かぶであろう枕言葉だ。ゆっくりとした時の流れの中、のんびりと舵を漕いでいるような人々の生活。外界から入ってくる新しい文化を少しずつ取り入れながら、先祖から受け継いだ大地に根付き、昔と変わらないような生活を続けている。いつまでも変わらないものはないが、変わって欲しくない場所はある。そこがラタナキリだ。
首都プノンペンから11時間ほど車を走らせている。長い、実に長い道のりだったが、あと1時間ほどで到着だ。乾季に入り、少し落ち着いた赤土の道は思っていたよりもスムーズだった。
森に囲まれた何の変哲もない一本道を進んでいくと、耕運機で開墾している親子を見つけた。買ったばかりなのだろう、真新しい真っ赤な耕運機を運転する父親の後を、子供達が楽しそうについて歩いている。車を停め、仲良さそうな彼らを眺めていると、タバコの煙をふかしながら父親が近づいてきた。
“どこに行くんだ?”“ラタナキリだ。”“ふぅん、そうか。俺はそこで生まれたんが、今はここが俺の家だ。もう10年は住んでいる。あっちの田んぼも、あそこの畑も、俺が切り開いたんだ。だから俺の、いや俺の家族のものだ。この機械は今年買ったばかりだがこの辺りでは俺しかもっていないんだ。二千ドルもしたけど、牛でやってた時と較べるとずっと早く作業が進む。ここの土地は、去年から開墾し始めたばかりだが、将来、この子達の土地になるんだ。ここにずっと一緒に住んで、俺の後を継ぐんだ。”
近くに止めてある耕運機の上では、子供達が楽しそうに跨りながら、誇らしげにこっちを見て笑っている。
夕日が沈み始めた頃、思っていたより早くラタナキリ州都バンルンへと到着した。
− 1日目 午前 ラタナキリ南西部・チョムロンバイスロ
窓の隙間から射し込んでくる光から、今日は快晴の感がある。さあ、起きよう。朝食をとろうと部屋から出ると、ロビーに案内人が待っていた。ちょうどいい、一緒に食事をしながら、簡単な予定を決めた。
とりあえず、一番遠くに位置するチョムロンバイスロ宝石鉱山へと向かう。途中、道の両脇に広がるゴム農園には、男性はもちろんとしても、小さな子供と多くの女性達も働いている。背の高い梯子に立ち、手作業で木の幹に切り込みを入れている。マラリアに罹らないようにと、スカーフを巻きつけた頭の上には、虫除けの線香を載っけている。まるでドラえもんのタケコプターのようだ。以前はこの周辺ではコーヒー豆を産出していたが、多くの者が安定した収入を得られるゴム農園へと切りかえたという。
すれ違うバイクはあれど、すれ違う車はほとんどない。新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込みながら、緑の木漏れ日が溢れる道を進んでいく。急に開かれた空間が現われたか思うと、赤く広がっている大地に、真っ黒に焼け焦げた大木が転がっている。森林伐採、いや、開墾と言った方が正しいのか、どちらにしろ、ここに住む人々にとっては生活していく上で必要な作業なのだろう。赤土の上にひときわ目立つ花婿の家(註1)が建っていた。
小さな村に到着し、民家の軒下をくぐり抜けながら、小さな脇道を進んでいくと、雲一つない青空の下、赤い大地が広がっており、保護色のように大地色に染まった人々がうごめいている。近づいてみると、もぐら叩きの様に沢山の穴が開いており、そのいくつかを覆う様に木製の滑車台が立っている。滑車には太いロープが垂れ下がり、周辺にはカラカラと心地よい音が鳴り響いている。ふと覗き込んだ穴から、ニョキッと男性が現われたと思うと、おもむろにポケットから鉱石を取り出した。赤茶色に光るそれを、太陽光に透かしている。項垂れるように首を振っていることから、さほど価値は無い物のようだった。
少し遠くに見える柵に囲まれた空間では、数台の大型のブルドーザーが、ベルトコンベアーに大量の赤土を流し込んでいる。立て掛けられた大きな看板にはハングル文字が記されている。こんな所にも近代化の波が押し寄せて来ているのだ。
鉱山近くにある七段瀑の滝を見た後、もと来た道を引き返す。途中にある高さ10メートルほどのカチャン滝では、滝の上から子供達が飛び込んでいた。
− 1日目 午後 ラタナキリ南西部・象使いの村
象使いの家には2頭の象が、のそのそと大きな巨体を揺らしながら干草を食べていた。近づくと、人懐っこく、長い鼻を肩に載せてくる。ここからカティエン滝へと向かうそうだ。
組木台から、背中に取り付けられている小さな座席へと乗り込む。座席といえば聞こえは良いが、マットも何もないただの平板に、小さな枠が付いているといった簡単な代物だ。座席の前には象使いの少年がちょこんと座り、足で象の耳を蹴りあげ、進むように合図を送った。だが、象は何かを待っているように後ろを振り返るばかりでいっこうに動こうとしない。聞くと乗り込んだ象は26歳の子象で、近くで休んでいるもう一頭が60歳のお母さん象なのだそうだ。寂しがり屋の彼女は、お母さんが一緒でないとどこにも行きたがらないのだ。
やっとの思いで、出発する。10メートル進むごとに、”ヴゥオオオオオウフウウー”と悲しげな声を出し、振り返り、引き返そうとする。背中に座っている僕の体全体に、鳴き声の振動が伝わってくる。少年は、戻ろうとする彼女をなだめながら、先へ、先へと進ませた。
赤土の本道から逸れ、起伏に富む、ゴム農園の小道へと進んでいく。実に緩慢な動作で、一歩、また一歩と歩いている。象使いの少年は小さなナタを振り回し、とび出ている枝を切り落としている。
ゴム農園を抜け、本道へと戻る。近くの民家で焚き火をしているようだ、白い煙が道一杯に広がって流れてくる。おびえる彼女は頑として進もうとせず、何度も、何度も引き返そうとし、”ヴゥオ、ヴゥオオオウフウオー”と恐怖に満ちた呻き声をあげる。業を煮やした少年が、びっくりするほどの強さで彼女の額にナタを打ち付けると、腹を決めた彼女が先へと進んだ。
少し進むと川が現れた、土色の流れの中、うっすらと底が見える。さほど深くはなさそうだ。喉の渇きを癒した彼女は、難なく川を乗り越え、滝へと到着した。滝の入口では、象乗り場で別れた案内人が、乗ってきたバイクの上で器用に眠っていた。
帰りは案内人のバイクで象乗り場までだ。乗象時間は90分だったが、バイクだと5分とかからない距離であった。途中、乗ってきた象が近くの草むらで食事を楽しんでいた。
チャオン滝へと向かう。25メートルあるという直瀑の滝は、飛沫が舞っており、周辺の滝と較べても迫力がある。叩きつける様に流れ落ちる水の後ろは空洞になっており、訪れた人々が思い思いの落書きを残していた。
少し傾き始めた太陽の下、ラタナキリの町近くのスワイ山へと登る。山の中腹部には10メートル程の涅槃仏があり、この地域に住む人々の信仰の場となっていた。
− 2日目 午前 ラタナキリ北部・ベンサイ
夜明けの気配を感じ始めた頃、町外れの火口湖、ヤクロムへと向かう。薄っすらとしたオレンジ色の光が、深い紫の空を押し出そうとしている。背の高い木々に囲まれ、無風の湖は鏡のように、朝露の滴る草木を映し出している。立ち昇る靄を眺めていると、この地に住む人々が信じて疑わない“精霊”の存在をすら感じられる気がする。
軽い朝食をとり、まずはベンサイ村、カチョンへと向かう。ここには精霊信仰のトンプーン族が人里離れた森の中に住んでいる。荷籠を背負った少数民族と幾度となくすれ違いつつ、先へと進むとセンサン川に到着した。ここからは先へは、ラオススタイルの細長いボートに乗り移動しなければならない。きつい日差しの中クロマーを頭から被い、進んでいく。水深はさほど無さそうだ。所々で軽く乗り上げるようにボートは進んでいく。
案内人曰く、上流のベトナムではダムが建設され、溜めこまれた水が一気に放出されることがあり、非常に危険だという。国境を跨いでいる事ともあり、事前連絡などは一切無いのだそうだ。
一時間ほど経っただろうか、うとうとし始めた頃、村の入口に辿り着いた。どこからとなく心地よいゴングの響きが流れてくる。ちょうど何かのセレモニーの最中らしく、切り取られたばかりの水牛の頭が民家の前に供えられている。村人に挨拶すると、セレモニーが行われている家へと招かれた。高床式の小さな家の中には多くの村人達が詰め寄っており、壷に入ったライスワインを飲みまわしている。輪の中心にはこの村の長である老人が正装して座っており、人々に囲まれ大はしゃぎしている。真っ赤な顔をした長は、急な訪問者に臆することなく、さあ飲め、さあ飲めと酒を注いできた。
どうやら、セレモニーは子供の病気を治すためのものらしい。母親に抱かれた男の子の腕に赤い糸を結ぶようにと告げられ、言われるがまま糸を結ぶ。これにより僕の健康が彼にも分けられるというのだ。酒の入った村人達は生け贄の水牛から作られた食事を楽しみ、ゴングを鳴らし、踊り続けていた。
村近くの森には村人達の祖先の墓が祭られていた。それぞれの墓には、男女二体の木彫り像が立っている。生前の職業からか、兵隊や警官、釣り人など、どことなくコミカルなデザインだ。家型の墓には夫婦一組ずつ眠っているそうで、パートナーに先立たれ、残された者は、小さなお墓を建て、自分が入るその日まで、毎日お祈りに来なければならないという。
再びボートに乗り込み、川下に位置する中国人村、ラオ村へと向かう。ここでは両民族がそれぞれのスタイルの建物で仲良く軒を並べている。それぞれの民族はそれぞれの言語と共に、この国の公用語であるクメール語も勉強しているという。
− 2日目 午後 ラタナキリ北部・オーチュム
次の目的地、クルン族が住んでいるトンノンラック村へ向かう。途中すれ違った老夫婦は昔同様に腰巻のみ着用しており、カメラを向けるとフェッフェと笑いながら森の中に消えていった。
到着した村は閑散としており、ほとんど人気がない。以前は花婿の家もあったらしいが、雨季の間に倒れ落ちてしまい娘の家(註2)しか残っていない。伝統的な民族楽器を演奏し、様々な本に紹介されて有名なお爺さんも、もう亡くなっていた。残された老婦は草葉を紡ぎながら、遠くに働きに出た子供達の代わりに、孫達と家を守っていた。
乾燥し、風が吹く度に、赤土が舞う町へと戻ると、町中心のモニュメントの向こうに、黄色い太陽が沈んでいった。
− 3日目 午前 ラタナキリ出発
今日もよく晴れそうだ。街中心のバンルン市場には早朝から少数民族が集まるという。寝ぼけ眼をこすりつつ、徒歩で市場へと向かう。
思ったよりも、活気付いた市場だ。特徴のある荷籠を背負った人々がちらほら見える。現金を持たない彼らは、賃貸料のかかる屋根付市場にスペースを借りることはない。人通りの少ない市場外れに、こっそりと間借りするように座っている。山から摘み取って来たばかりの新鮮な野菜やフルーツを広げていた。
まだまだ新しい一日は始まったばかりだが、そろそろ、元来た場所に戻らなければならない時間だ。青く広がる空には真っ白い雲が二つ浮かんでいた。
註1 花婿の家 高さ10メートル程の小さな小屋を、男性一人で組立て、夜を過ごす。結婚後、新婚の夜をここで過ごす。
註2 娘の家 年頃の娘が、自分の好きな相手を自分で選べるようにと建てられた小さな小屋


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