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「カンボジア クロマートラベルガイドブック」
特集
Vol.4 Jul - Sep 2007
 特集1 いつか見た映画のような旅
      〜大河メコンを遡る〜
コンポンチャム、クラチェ、ワットプー

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いつか見た映画のような旅
〜大河メコンを遡る
コンポンチャム、クラチェ、ワットプー〜



 メコンの流れる国境を越す。海抜4700mのチベット高地から、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムとアジア6カ国を跨ぎ、南シナ海へと注ぎ込む4800kmの大河「メコン」。巨大な河がもたらす大地の潤い、人々の生活へと旅をする。


-1日目 午前 プノンペン〜コンポンチャム
 好天だ。空は青く、広く高い。そして、なにせ暑い。きつい直射日光が車窓越しに肌を焦がし始め、冷たい空気が体を冷やしているアンバランスさに眼が覚めた。
 
 喧騒の行き交う街が静かに動き出し、2時間は経過したか、眼が覚めた時にはコンポンチャムへと辿り着こうとしていた。大河メコンが流れるこの町は、大昔から貿易の要所であったそうだ。

 寝起きでまだ頭が働いていない。ぼんやりしているうちに、国道沿いのクメール遺跡「ワットノコール」に到着した。平面型のこざっぱりした寺院は、12世紀アンコールトムを建造した王により建立され、彼の建てた他の寺院同様、鳥神ガルーダと蛇神ナーガの彫像が人々を出迎える。17世紀には寺院中心部に新たな現代寺院が設けられ、近辺に住む人々が新たな信仰の場とした。幾代にもわたり、人々が集まり祈り続けてきた神聖な空間。その空間には神々へ捧げるために、自らの信ずる夢幻のために、やや派手な壁画が屋根と柱と全面に施されていた。

 祈りの場に敷かれた茣蓙の上で寝ころぶ。外界の日光から遮断された涼しい日陰の中、少しだけ冷たい風が線香の匂いと共に流れてくる。なつかしく、気持ちいい風だ。近くのおじいさんが何か楽しそうに微笑みながら、近くから集めてきた小枝を紐で縛って掃除をしている。ずっと農業に従事してきたのか、少し背中が丸くなっている。ぼんやりと見つめているとニコリと微笑み、こっちに来いという仕草をする。近づくとどこからか椰子の葉で出来た占い具を持ち出してきた。30枚ほどの椰子の葉がアコーディオン状に広がり、細い紐に小さい木の棒が繋がっている。自分の頭上に持ち上げ、葉と葉の間に突き刺し、その葉に書かれている言葉から、過去と未来を占うというものだ。

 試してみる。恋愛運良し、健康運良し、金運悪しという。ふむ、困ったものだと思いつつ、小額の喜捨を施し車へと乗り込んだ。

 少し寂れた街を横目に、大河メコンへとさしかかる。橋の名前は「きずな」。2001年に日本の援助により造られた全長1360メートルの巨大な橋だ。橋からメコンを眺める。インドシナ半島中心部に位置するカンボジアの中央東平原を真っ二つに切り裂くように流れ、人々と大地に生と豊かさをもたらす。水産業、農業はもちろん、物資の輸送を含め大昔から人々の生活の一部となっている。ちなみに、この辺りの牛は他の地域より一回り以上大きく、これらもメコンの恵みによるものだそうだ。


-1日目 午後 コンポンチャム〜クラチェ〜ストゥントレイ
 コンポンチャムからクラチェまでは、ベトナム方面へと一度大きく迂回するように移動しなければならない。アスファルトでの国道舗装は完了したばかりだ。窓からは、だだっ広く青い空がだだっ広い緑の水田を覆い、ポツリポツリと点在する椰子の木が見える。ここもメコンの恵みを受けているのだろう。少しだけ道が細くなってきた頃に、イルカの村への入り口「クラチェ」に到着した。

 特に目立ったものも無い。メコン沿いの土手を少しぶらぶらする。大きな籠を頭に載せて荷物を運んでいる女性。小さな屋台で店番をしている子供。いつ来るか分からない客を待ち続けているバイクタクシーは欠伸をしている。のんびりした町だ。
 椰子の葉の隙間から、やさしい光が差し込む小道脇には、小さな藁葺きの家が並んでいる。どこからか聞こえてくるアイスクリームのベルに誘われ子供達が駆け寄ってくる。1本200リエル(7円)の贅沢を友達と楽しそうに分け合っている。

 クラチェから約20分北上するとたどり着く小さなカムピ村、イルカの村へ到着した。色彩豊かな小船が並ぶ船着場から船をせり出し、大河メコンの海原へと滑り出す。小さなエンジン音が小気味良い振動を舟に伝える。100m程進むとエンジンを止め、惰性で河を流れる。麦わら帽子をかぶった無口な船頭は何を告げるわけでもなく、ただぼんやりと景色を眺めている。実に晴天だ。河からの照り返しが強い。船上の日陰で頬杖をつきながら辺りを見回す。ゆっくりとした時間。大河メコンは涼しい音を立てゆったり流れる。
 船頭がタバコに火を付け、ゆっくりとした動作で指差す。見るとグレーの生き物がぬっと浮かび上がり、「プシュッ」と音を立てたかと思うと、潜行していった。
 乾季に入ったメコンは水量が大きく下がり、イルカの必要な深淵は少なくなる。行き場を失った彼らは所在無さげに小船の周りをぐるりと旋回している。

 イルカの村からさらに北上し、ラオスとの国境の町「ストゥントレン」へと向かう。この辺りの国道は舗装工事が始まったばかりだ。車に巻上げられた赤土が、煙となって流れていく。追い越したバイクのおじさんが渋い顔で赤土の煙中へ消えていった。

 到着した町は大河メコンの支流であるセコン河に面している。ラオスへと続く大きな橋が中国の支援で建造されたことを機に、川際の小さな町にはホテルと食堂が集まり始め、賑わいを見せている。
 太陽も沈み始めた頃、近くのお寺から太鼓と鐘の音が聞こえ始めた。寺院前のセコン河では剃髪した子供達とオレンジの袈裟をまとった僧侶達が、世俗の汚れから体を清めていた。


-2日目 午前 ストゥントレン〜ワットプー
 自家発電の電気が消えてから7時間が経由した。うっすらと白んだ空を脇目に身支度をする。太陽が見え始めると河沿いの小さな港が急に活気づき始める。メコンで獲れた大魚や、セコンから水揚げされた河エイなどを買い求める人々、河向こうの小さな村々へ物資を売りにいく人々でいっぱいになる。
 フェリーに乗り込み、ラオス国境、コーンの滝、クメール遺跡「ワットプー」を目指す。ようやく辿り着いた国境の管理官はパスポートを開き、何かを確認してスタンプを押した。
 ラオスに入るとすぐに、コーンの大瀑布に到着した。広大な川幅いっぱいに激しく流れるその様は圧巻だ。大昔からフランス統治時代まで、この滝を越すためにあらゆる手段が用いられ続けたというが、未だ誰もなしえていない。この滝の存在が、クメールとラオスの文化、交流をも遮断してきたとさえ言われる。
 観光地はラオスもカンボジアもさほど変わらないようだ。獲れたばかりの魚や地鶏を炭にのせ、団扇でパタパタと扇ぐ。絵葉書と小さな民芸品を子供達が売りに来る。国境からさほど離れていないが、カンボジア通貨は使用できないらしい。小額のアメリカドルをラオス通貨「キープ」に両替し、大瀑布を眺めながら目覚まし代わりのコーヒーを飲んだ。

 アセアンハイウェイ構想。近い将来、開通する東南アジアを結ぶ大街道。一足先に舗装された国道13号を北上し、ラオス・パクセー南部に位置するチャンパサックに向かう。
 道路脇の大きな看板には遺跡写真と現地ビールの広告が並ぶ。描かれている矢印に向かうとメコンの岸へと辿り着いた。ついさっきフェリーは出発したそうだ。フェリーと言っても空のドラム缶に板を渡し、小さなエンジンつきボートが舵を取る位のものなのだが・・・。次の出発を船上で待つ。ポツリポツリと人々が集まってきた。もう空きスペースはほとんどない。「他に乗る者は居ないか」船頭は名残り惜しそうに最後の一声をあげ、岸を離れた。
 メコンを渡り、チャンパサックに到着した。小さな町。こぢんまりとした川辺の港町をゆっくりと南下していく。道路脇には、カンボジアとは違ったスタイルの寺院や住居が並んでいる。


-2日目 午後 ワットプー〜ストゥントレン
 大型のクメール丘陵寺院「ワットプー」。5世紀から繁栄を始めたチェンラからクメール王朝へ引き継がれ、建造されたヒンドゥー教寺院だ。現在は仏教寺院へと改宗され、人々の信仰を集めている。「ワットプー」のワットは寺、プーは山を意味するそうだ。その名の通り、山の斜面に段々と層を成している。急斜面を背にした寺院は、どんな敵が攻めてきても逃げることを許さないしっかりとした造りだ。
 ゆっくりとリンガの並ぶ参道を歩く。両脇には聖なる池と宗教儀式に使われたとされる建造物が並ぶ。崩壊した王国の本殿へと続く道は、少しずつ傾斜が厳しくなってくる。険しい階段には疲れを癒してくれるように、プルメリアの香りが漂っている。少し喉が渇き始めた頃、やっと本殿へ辿り着く。振り返ると広大な緑の大地が広がり、遥か先には青い丘陵がうっすらと水色の空へとグラデーションを奏でている。この地もメコンの恵みで溢れているのだ。
 カンボジアと同様の衣をまとった僧侶が、じっくりと見入るように彫刻を眺めている。さほど広くない造りの入り口から本殿内部に入る。安置されている四体の仏像は全てお米面で、明らかにカンボジアのものとは違っている。
 本殿を抜け、奥へと向かうと天然の巨石に刻まれた象、ヘビの階段、生け贄のワニの型が残っている。なんらかの儀式に使われたのだろうか。
日はまだ高いが、カンボジアへの帰路は遠い。少し物足りなさを感じつつも寺院を後にした。今来たばかりの道を逆に進み、再びカンボジアへと入る。滝からはほんの少し下っただけだが、川の流れは嘘のようにゆるやかだ。オレンジから赤へと変化した夕日は、メコンに色を映し出しつつ沈んでいった。


-3日目 午前 ストゥントレン〜コンポンチャム
 セコン河の港からボートでメコンを渡る。昨日とは違った方角へ向かうが、乗り込んで来る人々は昨日同様、多くの荷物を抱えている。白シャツにブルースカートを穿いた学生も多い。しばらくして船倉が野菜や箱詰めのソフトドリンクで一杯になったと同時に船出のベルがなった。
 メコン河の港に辿り着き、待ち構えている地元のバイクタクシーに乗る。この地域には多くのチェンラ・クメール遺跡が残っている。港近くにあるタラバリバット遺跡等を見学し、コンポンチャムへと向かった。


-3日目 午後 コンポンチャム〜プノンペン
 快晴の空の中、一路コンポンチャムへと車を走らせる。一昨日走ったばかりなのにずっと前のように思う。時折、道路から眺めることの出来るメコンは相変わらずゆったりとしている。
 コンポンチャムに近づき、カンボジア有数のゴム農園を訪ねる。別段興味があったわけでもない。ただ、広大な敷地に同じ高さの木が育ち、それら全ての樹皮の色が一定の高さより変色していたから何気なく立ち寄ってみた。はじめて見るゴムの木は、幹から樹皮を削り取られていて、白い樹液がだらりと用意された小皿へと流れ込んでいた。
 ゴム園を抜け、プノンペンへと向かう。窓から眺める空は次第に黄色を帯びてきている。まだ舗装されていない小道では、年端も行かぬ子供がカウボーイを気どって妹を引き連れていく。脇を流れる大河メコンはだんだんと赤く染まり、やがて紫へと変わっていった。

注:通称メコンイルカ。和名イッカク科カワゴンドウ、英名はイラワジイルカ、河川や湖、沿岸域に生息している絶滅危惧種で、カンボジアには130〜170頭ほど生息しているとされる。クラチェ以外ではストゥントレイ、ラオス国境にも若干数生息している。

注:「ワットノコール」アンコールトムを建造したジャヤヴァルマン7世により12世紀に建てられた寺院。寺院敷地内に新しい寺院が建造され、信仰されている。

注:「コーン(=コーンパペン)の滝」ゆったりとした流れのメコン河にて唯一の大滝。別名「ラオスのナイアガラ」。落差15m、幅300m程だが、この滝の存在がカンボジアとラオスを大きく隔てたといってもいいだろう。

注:「ワットプー寺院」2001年に世界文化遺産に登録されたラオス・チャンパサック地方にあるアンコール遺跡。近くには日本が寄贈した博物館も併設。

カンボジア・イルカの寓話
 昔々、大蛇に肩まで呑みこまれた娘がいました。村人が気づき、急いで蛇の腹を割き助け出したが、娘の身体は溶けはじめていました。思い余った娘が河に飛び込むと、娘は突然「人魚(プサオ)=イルカ」となり、川の底へと潜って行った。