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「カンボジア クロマートラベルガイドブック」
特集
Vol.2 Jan - Mar 2007
特集1 いつか見た映画のような旅
     〜ゴーストタウン ボーコー国立公園〜

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いつか見た映画のような旅 
〜”ゴーストタウン”
ボーコー国立公園をめぐる〜

 



 月夜である。別にこの日を選んで来た訳ではないがちょうど良かった。月の光に照らされた廃墟達が何かを語りたそうに静かに佇んでいる。主を失い、自然のなすがままにされてきた建物達。裕福層と外国人の避暑地であったこの山から人々が居なくなってもう30年以上経っている。彼らが語りたい事、きっとこの地で繰り広げられた歴史だろう・・。
 


初日・プノンペン - ケップ - カンポット
 首都プノンペンからのんびりと車で走る。目的地までは4時間程かかるそうだ。何か変わったものでも現われないかと窓越しに外を眺める。別段変わったものもなく延々と平らな田園風景が続く。また牛だ。ほんの少し前まで赤土の凸凹道であった道が硬いアスファルトに変わっている。それに気づいているのかいないのか、のんびりと歩いている。

 海の町「ケップ」に到着した。植民地時代、この辺りには多くのフランス人が住んでいたという。手入れもされず背の高くなった草に覆われている丘にはうす汚れた廃墟が点在している。

 お昼だ。ビーチ近くの「蟹市場」で、朝一番に捕れた元気な蟹を買いこみ、近くの屋台に持ち込む。美味しそうに真っ赤に茹であがった蟹を頬張った。「ボートに乗らないかい?安くするよ」屋台のおばちゃんはボートの斡旋業務もしているらしい。「行くよ」と答えると、にかっと笑った。コトンサイ(ウサギ島)というビーチから20分程離れた小島に向かう。名前の由来を聞くと、昔の国王がハンティングを楽しむ目的でこの島に多くのウサギを放したことからだそうだ。小島まで泳げる距離になった。海はかなり澄んでいる。高いココナツの木の下には小さな小屋が並んでいる。一泊5$で泊まることも出来るそうだ。ふと横を見る。こんな離れ小島に何故か小坊主がいる。木陰で涼みながらビーチで楽しむ人々をうらやましそうに眺めていた。

 ケップから30分程かけ、洞窟寺院がある「プノンチュヌク」へ向かった。きれいに舗装されている国道から一歩中に入ると、これでもか、これでもかと言うほどの凸凹道に切り替わる。少し走ると小さなお寺に到着した。「外国人だ!」ゴム飛びをしていた子供達が駆け寄ってきた。子供達の案内で田んぼ脇のあぜ道をとことこと10分程歩く。小さな山に到着した。50段に満たない階段を登り終えるとすぐに下りの階段が現われた。洞窟だ。光が差し込んでいる先を見ると、髪を剃った年老いた女性と孫とおぼしき子供が詞堂に向かって一生懸命お祈りをしている。洞窟に入ると、冷たい空気に包まれた。なんとなく神聖な空気を感じる。レンガ造りの詞堂が建造されて1400年程経っているらしいがほとんど壊れている気配はない。鍾乳洞の中で風雨を凌いで来たからだろう。

 今夜の宿があるカンポットへはすぐに到着した。川に浮かぶレストランで山盛りの海老を食べ、宿に向かった。


 2日目・カンポット − ボーコー国立公園
 朝だ。朝食を食べに行ったついでに町を散歩した。さほど活気も感じられなくどことなく廃れている。フレンチコロニアル様式の建物が大きな川に沿って並んでいる。「コロニアル」と言うと聞こえはいいが、カンボジアはフランスの植民地であったと言う証明でもある。きっとその時代には多くのフランス人が様々な店舗を構える活気ある町だったのだろう。

 ガイドと車の待ち合わせ場所であるカフェに向かう。待ち合わせ時間に少し早く到着した。冷たいコーヒーを注文すると同時に彼は現われた。小柄な体型でチョビ髭を生やしている。もう10年近くこの地でガイドを続けていると言う彼はどことなく日本人っぽい。第二次世界大戦時代にはこの地にも日本軍が来たという。どこかで血を引いているのかもしれない。

 車を乗り換え、新たに加わった仲間と共に今回の旅の目的地である「ボーコー国立公園」へ向かう。山の麓で入場券を買い30kmに及ぶ悪路を2時間程かけ山道を走る。道路は1台の車がやっと通れる程の広さだ。前から大きめの4WDが来た。これは無理だろうと思ったが毎日運転している彼は器用に通り抜けていく。道が拓けてきたと同時に「ブラックパレス」と呼ばれる廃墟に到着した。昔は国王の別荘だったという。中に入ると壊れ果て枠だけになった窓からベトナムのフーコック島が見えた。

 更に30分程走る。道は二手に分かれ、中央に大きな仏像がある。左へ進むと廃墟溢れる高原「ゴーストタウン」へ、右へ進むと花の咲き乱れる高原と滝「ネイチャーヒル」へ。映画だと主人公の選んだほうに待ち構えるのは残念な結末だ。何も起こらなければいいが・・。

 左へ進む。道路の両脇には独特な形の廃墟が見える。教会、学校、郵便局。10分程で真新しい建物に到着した。この建物、内戦前は病院だったそうだが、現在はレンジャーステーションとして生まれ変わった。再び人々を受け入れ始めた建物は真っ白にペイントされ、僕達を優しく迎え入れてくれた。受付にいたレンジャーに宿泊の旨を伝え、荷物を部屋に置いた。

 実に快晴だ。気分がいい。凸凹道を走っていた時のうんざり感は吹き飛んでしまった。とりあえず、山頂に見える大きな建物へ向かう。「ここはパレスカジノだ。ポルポト時代はここで多くの人々が殺された」ガイドが言う。「知らない方がいい事もある」心の中でつぶやきながら廃墟に入る。手入れをするものも居なくなった建物はなすがまま赤黒い苔に覆われ、壁一面に落書きが広がる。略奪者によりガラスは割られ、タイルや電気コードまで剥ぎ取られていた。カジノの裏にまわる。断崖絶壁だ。眼下には海岸線がきれいに弧を描いている。崖のふちに立つ。風が強く吸い込まれそうだ。勝負に負けた人達が選んだ道でもあったろう。ゆっくりと高原を探検しているうちに山向こうに太陽が沈みはじめた。宿に戻ると何か騒がしい。プノンペンから来たという現地の青年達がラタナキリから持って来たという米の酒を回し飲みしている。イギリスから来たというカップルも味見をし、渋い顔をしていた。

 日は完全に暮れた。待ちに待った夜の「ゴーストタウン」見学の時間だ。懐中電灯を片手にガイドと共に出発し、冷たい世界に入り込んだ。夜の高原は不思議な空気が取り巻き、照らし出されている空間だけが別世界のようにそこに存在している。

 雑草まみれの遊歩道を歩く。雨季はもう明けており雨が降ったわけでもないのに穿いているジーンズが一歩歩くごとに重たくなってくる。見えない何かがしがみ付いてきているのではないかと不安になる。
 夜のカジノは訪問者を妖しく迎え入れた。地階から屋上まで上る。壁一面の苔はまだら模様に広がり、まるで誰かがそこに立っているようにも見える。臆病な僕は常に暗闇から何かに見つめられている気がした。逃げるようにカジノを後にし、旧い郵便局、教会を探索し宿に戻った。


 3日目・ボーコー国立公園 - プノンペン
 空が白けてきた。いつも暑いカンボジアでも山の上は肌寒い。長袖シャツを着こみ、昨晩と同じコースで探検していうるうちに、山向こうから太陽が昇ってきた。草木には朝露がつき、キラキラ美しく輝いている。熱帯のカンボジアではあまり見ることのない光景だ。

 今日も快晴だ。運が良い。軽い朝食をとり、「ネイチャーヒル」へ行く。途中で車を停め、近くの滝までトレッキングを楽しむ。肌寒かった朝とは一転し、Tシャツ一枚でも暑く感じる。滝に到着すると昨晩の青年達が水遊びを楽しんでいる。盆地であり高低の少ないカンボジアで滝に打たれる事は彼らにとっては大きなイベントだ。色とりどりに咲き乱れる花と動植物、ふと足元を見ると小さなトカゲが「何だ?何だ?」ととぼけた顔でこっちを見ていた。「ここに日本人も住んでいた」ガイドが小さい丘の上の小さな廃墟を指差す。聞くと日本人だけでなく様々な国籍を持った娼婦達の宿であったという。

 来た時と同様、2時間程かけて悪路を下る。少しだけ目を閉じたつもりだが気がつくと麓まで到着していた。ゲート横の公園管理局で、冷たい飲み物を買う。ここではこの地域で発見された珍しい動植物の写真が所狭しに飾られている。虎や象もまだ生息しているらしい。すぐ横にはこの公園及びレンジャー達の闘争の歴史が紹介されていた。
 旅はもう終盤だ。カンポットの町へ戻り、ガイドとドライバーに別れを告げ、プノンペンへの家路につく。雨季も明け、田んぼに溜まった水に迷い込んできた小魚や蟹、蛙などを家族皆で楽しそうに捕まえている。覗くとバケツには沢山の「今晩のおかず」が入っていた。
 
 カエルが鳴いている。さあ帰ろう。