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「カンボジア クロマートラベルガイドブック」
Vol.5 Oct - Dec 2007

 特集1 いつか見た映画のような旅
      〜聖山「プノンクーレン」の秘められた遺跡を探る〜

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いつか見た映画のような旅
〜聖山「プノンクーレン」の秘められた遺跡を探る〜

 捲土重来。アンコールの歴史を肌で感じ、資料を読み解いていくと感じる言葉。アンコール王朝の系譜の始まりとなり、東南アジアに新しい地図を創り出すために生を受けた王「ジャヤヴァルマン2世」。神が光臨し、彼と共にクメールの独立を宣言した聖なる山は、王朝の滅亡と共に深い眠りに就いていた。

-1日目 午前 シェムリアップ〜プノンクーレン山頂(東南部)
 珍しいこともあるものだ。寝起きの悪い僕がスッと目を覚ました。自分では気付かないうちに、胸が躍っているのだろう。バッグに、蚊帳と雨具、カメラと予備のバッテリーを詰め込み、待ち合わせの場所へと向かう。今回の旅の目的は、アンコール発祥の起源となった聖山、プノンクーレンに眠っているという50以上の遺跡群を見つけ出すことだ。

 いつも通り、行き当たりばったりの旅である。出来るだけ時間のロスをなくし遺跡の詳細を知るためにと、一週間ほど前からクメール人の同行者を探していた。「山で寝泊りし、遺跡を探す」そう伝えると皆及び腰となり、無碍もなく断られていた。皆、聖なる山に伝わる噂*1を恐れているからだと言う。出発日前日となり、やっと同行者が見つかった。待ち合わせ時間より少し早く来ていた彼は、安いタバコをふかしながら僕を待っていた。
 
 雨季に入ってまだ間もない。それほど雨が降る時期でもないため、さほど気にしていなかった天気だが、快晴となりそうだ。日の出ツアーから帰って来る大型バスとすれ違いながら、途中まで舗装された道路を走り抜けると、人懐っこい子供達が手を振ってくる。赤土が舞う道へと入るとすぐにプノンクーレン入場口へとさしかかった。入場料を支払い、曲がりくねった山道へと入る。二つ目の角を曲がると巨大な岩の前に祠が建っている。聖なる山に棲む精霊を祀っているのだろうか。30分ほどかけ山頂の村、プレアアントムへ到着した。
 
 プノンクーレン。内戦時代には、ポルポト派により支配され、多数の地雷が埋められた。未だ完全に撤去されてはいないという。一般観光客の公開が許可されたのも1999年。ポツリポツリと入山する者が出始めてから十年と経過していない。観光客もさほど居ないため、きちんとしたレストランがある訳でもなく、宿泊施設などはもちろん無い。

 小さな屋台が軒を並べ、のんびりと開店準備を始めている。山の一日の始まりだ。屋台前には山専門のバイクタクシーが客待ちしている。内戦前にフランス人研究者が書き留めた簡単な地図のコピーを見せながら、彼らに今回の目的を伝える。片言の英語も話せないが、一番物知り顔なおじさんを案内人として選んだ。宿が無い旨を伝えると彼の家に泊まらせてもらえることとなった。
 
 車一台がやっと入れる道を進み、穴の開いた木の橋を乗り越えながら山奥に少し走ると、アンロントムという小さな村へと辿り着く。村の入り口に構えた彼の家は、近くに建つ他の家と較べると少し裕福そうな造りだ。手作りの木の柵を抜け、クラクションを鳴らすと、子供達が笑顔で飛び出してきた。案内人を中心に母と嫁、娘四人と仲の良さそうな7人家族だ。簡単な自己紹介の後、あてがわれた部屋に荷物を置く。さほど物の入っていないバッグからさらに荷物をとき解くと、すぐに出発した。

 10分ほど走る。急にバイクを止めたかと思うと、道路脇にある小さな空間へと歩く。ふと見ると、猿のような動物が刻まれたシーマ石*2がポツリと佇む。さっそく一つ目の遺跡が現れた。少し離れて写真を撮ろうと、森へ踏み込む。案内人が声を上げ、指差した先には、地雷撤去団体が残したドクロマークがある。この近くにも地雷が埋まっているのかもしれない。 

 飛び出している小枝、覆いかぶさる大木をかいくぐり、先へ先へとバイクを走らせる。しばらく走ると道路が途切れた。ポルポト兵により爆破されたそうだ。現在は人一人歩けるほどの小さな木の橋が架かっている。バイクを停め、山の奥へと入りこむ。人々から忘れ去られ、眠り続けている多くの寺院までは徒歩でしか近づくことは出来ず、山に住む人々のみ安全な獣道を知っている。

 案内人が道沿いに伸びる植物の実を採り、おいしそうに口へと運ぶ。同行人に勧められ、ためしに食べてみると少し苦かった。

 40分ほど歩くと、森の中から大きな寺院が現れた。クロバイクラップ寺院*3。鬱蒼とした空間にひっそりと佇むレンガ造りの寺院には、みっちりと草木が絡みついている。中に入ると、地面は掘り返され大きな穴が開いている。ここで等身大のヴィシュヌ神像が発見されたという。少し崩れた塔の頂点部からは小さな光が差し込んで来ていた。

 停めていたバイクまで戻り、少し北上すると、チュレイ寺院へと到着した。レンガ造りの寺院は上部が崩壊しており、地面に転がっているリンテル(まぐさ石)には剣と盾を持った戦士がきれいに刻まれていた。さほど遠くない場所には、真っ二つに割れたネアックター寺院もある。巨大な木が倒れてきたようだ。

 思ったより遺跡は密集して建造されている。さらに少し進むとアンロンバラン*4へと到着した。ここにはクメール時代の窯跡があり、多くの割れた陶器が無造作に転がっている。以前は綺麗な物も多くあったそうだが、貧しい村人が生活のために売り払ったり、心無い観光客が持ち帰ってしまったりしたという。


-1日目 午後 プノンクーレン山頂(プレアアントム村、東南部)
 お昼を大きく回り、屋台の並ぶ少し大きめの村へ向かう。注文した地鶏の串焼きは、ゆっくりと炭火であぶられ、こんがりと焼けている。案内人が少し遠慮気味に串焼きに手を伸ばす。買ったばかりの冷たいコーラを差し出すとニカッと笑った。
 ゆっくりと食を楽しむ二人を残し、近くにあるプレアアントム寺院へ登る。垂直に切り立つ天然の巨岩の上部には、まるで小鳥の巣箱のように、小さな小屋が建てられている。内部には岩を削って造られた10メートル近くの涅槃像がある。16世紀に造られたという像は人々の信仰の対象となり、僧侶はもちろん、多くのクメール人達が祈りに来ている。

 涅槃像のある巨岩を降り、岩肌に囲まれた奥の細道を歩く。「山で獲れた猪の牙だよ。掘り出したばかりの彫像だよ」中年の女性が、声を張りあげる。本物か贋物か分からない珍品を横目に先を急ぐことにした。
 
 まだまだ先は長い。屋台のハンモックでウトウトし始めていた案内人を起こし、次の遺跡が集まる地域へと向かう。少しスピードを上げながら森を駆けていると、晴れた空から雫が落ち始めた。狐の嫁入りだ。

 雨宿りを兼ね、近くのコーチャン遺跡へと向かう。小さな獣道だ。繁みをかき分け突き進むと、巨岩が屋根のように覆いかぶさり、半分土に埋もれたリンガ台が姿を現した。周りの岩には、深く刻みこまれたヒンドゥーの神々とバラモン僧達が列をなしている。千年以上の間、ずっとこの空間を守り続けてきたのだろうか、ほんの束の間の小雨の中、神聖な空気に包まれていた。

再び快晴に包まれた。いくつかの小遺跡を見つけ出し、少し日が落ち始めた頃、クーレンの滝で今日一日の汗を洗い流した。

 村の屋台へ向かう。売れ残っていた焼き魚と焼き鳥、それに飲み物を数本買い込む。プップッププー。夕日の中、案内人がクラクションを鳴らしながら家に戻ると、家族みんなが家から飛び出て迎えてくれた。ろうそくの明かりを頼りに皆で一つの皿をつつく。8時を少し回った頃には、ろうそくも消え、皆蚊帳の中へ包まれていった。 


-2日目 午前 プノンクーレン山頂(北部、クーレン滝、千本リンガ周辺)
 山の朝は早い。鶏が鳴き始め、太陽が昇り始める頃には子供達の声が聞こえ始める。電気の無い人々の生活は太陽と共に一日が始まり、終わっていく。
 蚊帳越しに太陽の光が差し込み始めた。もぞもぞと蚊帳から這い出し、少し冷たいが新鮮な山の空気をぞんぶんに体に取り込んだ。

 さあ出発だ。村近くにある幾つかの小さな寺院を周り、少し離れた遺跡へと向かう。砂まみれの道路を抜け、バイクを停めた。案内人が急坂を黙々と登って行くと、見通しのいい崖の上に寺院を見つけた。プラサットクロホーム寺院。紅い寺院という意だ。塔上部は崩れ落ち、内部に残されたリンガは落ちてきたレンガで埋まっている。寺院から伸びたマカラ*5の排水口はきれいに残っていた。

 朝からまだ何もお腹に入れてない。少し遅めだが、空腹を満たすために滝近くの屋台へと向かった。ふと見ると多くの僧侶達が巡礼に訪れており、豪快な音を発しながら流れ落ちる滝をのんびりと眺めていた。

 滝の上流へ向かうと、川底には「千本リンガ」と呼ばれる彫刻群が所狭しに刻み込まれている。数多くの神々、リンガ等のレリーフの上を流れる事により、ただの山水が聖水と化す、そう信じられている。清められたその水は長い道のりを経て、やがて人々の住むアンコールの街へと流れ込んでいく。


-2日目 午後 プノンクーレン山頂(西南部)
 さあ、もう一踏ん張りだ。山頂の小道を一気に南下していると、森の中をオレンジの袈裟を纏った僧侶が、両手にいっぱいに薪を抱えて歩いている。ゆっくりと追い越し少し走ると、洞窟寺院「ルーンプロチウ」へ辿り着いた。真っ暗な洞窟を覗き込むが、2メートル先はもう闇に覆われている。さき程追い越したばかりの僧侶が現れ、発電機を回すと、洞窟内に明かりが灯った。50メートル程あるかないかの洞窟へ入るといくつもの祭壇がある。聖なる山に棲む神々や精霊、命を落とした兵士達に供物を捧げているのだろうか。

 新緑の木漏れ日が気もちいい。洞窟から少し歩くと小さな木製のパゴダ(新しく作られた寺)がある。人気は無いが、きちんと手入れが施されている。脇に伸びる小道を少し降ると、突然目の前に巨大な象が現れた。「スラードムライ」だ。実に大きく、威風堂々と佇んでいる。大小様々なアンコール遺跡を見てきた自分が、いつも以上に興奮しているのが分かる。象のすぐ傍には、天を望むかのように、どしりと腰を下ろしている巨大な獅子達が群れを成している。この閉ざされた空間は、選ばれたものしか寄せ付けない神聖な空気を放っているようであった。

 太陽が傾き始める。森の中では暗くなるのも早い。さほど遠く場所にあるという、もう一つの象の彫像「ドムライクラップ」を探しだすため、山の奥へ、奥へと踏み込んでいく。しばらく歩くと、ひっそりと寂しそうに佇んでいるその像を発見した。遠くから見る後姿はまるで、いつか帰ってくる主人でも待っているかのように美しい。少し乾燥した苔が夕日に照らされ、黄金に輝いていた。


-3日目 午前 プノンクーレン山頂〜山麓西南部
 予備のバッテリー残量が半分を切っている。そろそろ山を降る頃か。案内人とその家族にお礼と別れを告げた。一度山を降り、小さなパゴダ「ワットプノンコムノップ」へと向かう。ここには後世に造られた、大きな亀の彫像があり、すぐ傍には枯れることのないという、聖なる水が湧き出していた。

 同じクーレン山に造られた寺院だが、登り口が違う遺跡は多い。ここから辿り着く山上寺院「プラサットホブ」までは1時間程の険しい道だ。山頂から見渡すと未開の大地が広がっていた。


-3日目 午後 プノンクーレン東部ベンメリア近く〜シェムリアップ
 次の遺跡までは、クーレン山を大きく迂回しなければならない。一度ベンメリア遺跡へと抜け、再びプノンクーレン東部の岩場へと向かう。

 のんびりとした村を抜け、小さな石の転がる急坂へと差し掛かる。段差の激しい細い道だ。バランスをとりながらゆっくりと登って行く。周囲を眺めると大きな奇岩がゴロゴロと転がっている。まるで森に生えている茸のようだ。一際大きな岩へと辿り着くと小さな祠がある。プーンコムヌー遺跡だ。大昔には一つの巨石だったのだろうか。真ん中から二つにスパッと割れている。長い年月の間、雨に晒されてきたのだろう。岩の表面は滑らにきれいな曲線を描いている。両面に向かい合うように、ガネーシャ神*6と、夢を見るヴィシュヌ神*7が彫刻されている。

 巨岩の裏には両脇にシンハ(獅子像)を従え、剣を携える神々と、バラモン僧達が刻まれていた。

 クーレン山に覆いかぶさる様に太陽が沈み始め、空の色は淡い朱色へと変化を始めた。遠いアンコール時代の幻想に浸りきった時間から、現実世界に戻る時が来たようだ。最後にゆっくりと、神々の彫刻を眺めていると、若い僧侶が現れた。声を掛けると照れくさそうに笑って去って行った。


* 1 山上には多くの精霊が棲んでおり、気付かないうちに彼らの気分を損ねると下山後に大きな災いを受けるという。噂を信じない者でも、内戦時に埋められた地雷の恐怖から、また毒蛇や毒蜘蛛などの存在から山での滞在を嫌がる。

* 2 石に囲まれた空間は聖域とさ、悪い神は入りこむことが出来ない。結界石。

* 3 その地に住む案内人曰くクロバイクラップだが、残された地図ではドムライクラップとなっている

* 4 アンロンバランは、トノーメレイ、リンポウクリエイなどとも呼ばれる窯跡。現在上智大学が調査を行っている。陶器が散乱していますが、絶対に持ち帰らないようにして下さい。重罪に罰せられます。

* 5 水の神の乗り物とされる神獣。上半身が象、前足は猫、下半身は魚。

* 6 象の頭で人間の体を持つ神。学問、繁栄の神とされる。

* 8 ヒンドゥー教の宇宙創造神話。大海に横たわり、まどろむヴィシュヌ神のへそから蓮の花が咲きだす。その花からは宇宙を創り出す神ブラフマーが誕生したという。


注意: 山中には地雷が残っており、毒蛇、毒蜘蛛も生息しています。信頼できる旅行会社を通して観光する事を強くお勧めいたします。また本誌内容は、参考程度としてご利用下さい。観光に関しては完全自己責任となります。


プノンクーレン国立公園 (37,500ヘクタール) 
 外国人入場料20$。カンボジア人入場料2000リエル(約50セント)
果物のライチの意。シェムリアップから北東部、約60kmの地域にある高さ461mの聖なる山。アンコール時代には「マヘンドラ(インドラ神)の山」とも呼ばれた。当時の宗教(ヒンドゥー教)上の意味合いでは、プノンクーレンはヒマラヤ山脈を、シェムリアップ川はガンジス川を象徴していたとされる。

 802年にアンコール王朝の創始者である、「ジャヤヴァルマン2世」が即位式を行い、以来15世紀までの約600年に及ぶ王朝史の幕を開いた場である。昔からクメールの人々にとって、神が光臨した神聖なる山として崇められ、現在でも巡礼の場となっている。

 「ジャヤヴァルマン2世」8世紀末、小国に分裂して弱体化し、ジャワの宗主権下にあったカンボジアをジャワの支配から開放した。激しい戦乱の世で、武力を使わずにチェンラを統合し、アンコールの歴史を作り出した偉大なる王であったとされる。

 彼は、ヒンドゥー教の大賢者を国に招き、プノンクーレン山頂にて「デーヴァ・ラージャ(神王崇拝)」儀式を行い、現人神となる。この儀式により、王の地位は親族にのみ、受け継がれることとなり、彼の子孫は広大な領土を持つ強大な王国を築きあげていった。

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